「夜、なかなか寝付けない」「眠りが浅く、疲れが取れない」といった睡眠に関する悩みは、多くの現代人が抱える共通の課題です。ストレス社会といわれる現代において、心身をリラックスさせ、質の高い睡眠を確保することは、日々のパフォーマンスを維持し、健康的な生活を送る上で非常に重要です。
その解決策の一つとして、クラシック音楽を聴きながら眠りにつくことが注目されています。古くから多くの人々に愛されてきたクラシック音楽には、科学的にも証明されたリラックス効果があり、心と体を自然に眠りへと誘う力があるのです。
この記事では、なぜクラシック音楽が睡眠に良いのか、その科学的な根拠から、睡眠に最適な曲の選び方、具体的なおすすめの名曲や作曲家、さらには睡眠効果を最大限に高める聴き方まで、網羅的に解説します。クラシック音楽の穏やかな旋律に身を委ね、心安らぐ夜と爽やかな朝を手に入れるための一助となれば幸いです。
目次
なぜクラシック音楽は睡眠に良いのか?
クラシック音楽が睡眠に良いとされる理由は、単なる気分の問題ではありません。音楽が持つ特定の要素が、私たちの心身に直接働きかけ、リラックス状態を生み出し、入眠を促すことが科学的な研究によって明らかにされています。そのメカニズムは、自律神経の調整、心拍数の安定化、脳波の変化、ストレスの軽減といった複数の側面に及びます。ここでは、クラシック音楽がなぜこれほどまでに睡眠の質を高める力を持つのか、その具体的な理由を深く掘り下げていきましょう。
心と体をリラックスさせる効果
私たちの体は、意識せずとも生命活動を維持するために自律神経系が常に働いています。この自律神経には、活動モードの「交感神経」とリラックスモードの「副交感神経」の二つがあり、両者がバランスを取りながら心身の状態をコントロールしています。質の高い睡眠を得るためには、就寝時に副交感神経が優位な状態になっていることが不可欠です。
自律神経が整う
日中の活動やストレス、緊張状態では交感神経が活発になります。心拍数や血圧が上がり、筋肉はこわばり、体は「戦うか逃げるか(Fight or Flight)」の準備態勢に入ります。しかし、この状態が夜まで続くと、心身が興奮したままとなり、寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりする原因となります。
ここでクラシック音楽、特にゆったりとしたテンポで穏やかな曲調のものが重要な役割を果たします。穏やかな音楽を聴くと、聴覚から入った情報が脳の視床下部に伝わります。視床下部は自律神経系の中枢であり、音楽の刺激によって副交感神経の働きが活発になることが知られています。
副交感神経が優位になると、以下のような変化が起こります。
- 血管が拡張し、血圧が下がる
- 心拍数がゆっくりになる
- 呼吸が深く、穏やかになる
- 筋肉の緊張がほぐれる
- 消化活動が活発になる
このように、クラシック音楽は交感神経の興奮を鎮め、心身を休息モードである副交感神経優位の状態へとスムーズに移行させる手助けをします。これは、まるで体のスイッチを「オン」から「オフ」に切り替えるようなものであり、自然な入眠に不可欠なプロセスです。
心拍数が落ち着く
心臓の鼓動、すなわち心拍数は、私たちの感情や身体の状態を正直に反映する指標です。興奮したり不安を感じたりすると心拍数は速くなり、リラックスすると遅くなります。睡眠に適した心拍数は、一般的に1分間に60回前後の落ち着いた状態とされています。
人間の心拍数は、聴いている音楽のテンポに同調する傾向があることが、多くの研究で示されています。これを「エントレインメント(引き込み)現象」と呼びます。例えば、BPM(Beats Per Minute、1分間あたりの拍数)が120以上の激しいロックミュージックを聴けば心拍数は上がり、逆にBPMが60〜80程度のゆったりとしたクラシック音楽を聴けば、心拍数はそのテンポに引き込まれるようにして自然と落ち着いていきます。
このため、睡眠導入のためには、人間の安静時の心拍数に近い、BPM60前後の楽曲が最も効果的とされています。穏やかなクラシック音楽の規則正しいリズムとテンポが、高ぶった心臓の鼓動を鎮め、全身の緊張を解きほぐしてくれるのです。この心拍数の安定化は、前述の副交感神経の活性化と密接に関連しており、心身両面からリラックス状態を深める重要な要素となります。
脳波を眠りやすい状態に導く
私たちの脳は、活動状態に応じて異なる周波数の電気信号、すなわち「脳波」を発しています。この脳波の状態も、音楽によって変化することがわかっています。
- β(ベータ)波(14Hz以上): 通常の覚醒状態、集中したり、活発に思考したりしている時に現れる脳波。
- α(アルファ)波(8〜13Hz): 心身ともにリラックスしている状態、目を閉じて安静にしている時に現れる脳波。
- θ(シータ)波(4〜7Hz): 浅い睡眠状態(レム睡眠)やまどろんでいる時に現れる脳波。記憶や学習にも関わるとされる。
- δ(デルタ)波(0.5〜3Hz): 深い睡眠状態(ノンレム睡眠)で現れる脳波。脳の休息と回復に不可欠。
日中の活動を終え、ベッドに入っても頭の中で仕事のことや悩み事が駆け巡っている状態は、脳がβ波を優位に発している状態です。このままではスムーズに入眠することは困難です。
穏やかなクラシック音楽を聴くことは、脳波を覚醒状態のβ波からリラックス状態のα波、さらにはまどろみ状態のθ波へと移行させる効果があります。特に、心地よいと感じる音楽を聴いているときにα波が増加することは広く知られています。α波が優位な状態は、心身の緊張が解け、ストレスから解放された状態であり、眠りに入るための理想的な準備段階といえます。
さらに音楽を聴き続けることで、脳は徐々にθ波が優位な状態、つまり浅い眠りへと入っていきます。クラシック音楽は、この「覚醒→リラックス→まどろみ」という自然な入眠プロセスを音によって優しくガイドしてくれる役割を担っているのです。
ストレスを軽減する
現代社会における睡眠障害の大きな原因の一つが「ストレス」です。ストレスを感じると、体は副腎皮質から「コルチゾール」というホルモンを分泌します。コルチゾールは血糖値や血圧を上昇させ、体を活動的な状態に保つ働きがあるため、「ストレスホルモン」とも呼ばれます。日中の適度なコルチゾール分泌は必要ですが、夜間にそのレベルが高いままだと、交感神経が刺激され続け、不眠の原因となります。
心地よいクラシック音楽を聴くことには、このコルチゾールの分泌を抑制する効果があることが研究で示されています。音楽鑑賞によってリラックスすることで、ストレス反応が緩和され、コルチゾール値が低下するのです。
また、音楽は心理的な側面からもストレス軽減に貢献します。美しいメロディやハーモニーは、不安や心配事でいっぱいになった心を穏やかにし、ネガティブな思考の連鎖を断ち切る手助けをします。音楽に意識を向けることで、日中の悩みから一時的に離れることができ、精神的な安らぎを得られます。この精神的な解放感が、結果として身体的なリラックスにも繋がり、質の高い睡眠へと導いてくれるのです。
心地よさを生む「1/fゆらぎ」
クラシック音楽が持つ心地よさの秘密の一つに、「1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)」と呼ばれる特殊なリズムの存在が挙げられます。
「1/fゆらぎ」とは、規則性と不規則性が絶妙なバランスで調和したゆらぎのパターンを指します。完全に規則的な音(メトロノームの音など)は単調で飽きてしまい、完全に不規則な音(ランダムなノイズなど)は不快に感じます。その中間に位置するのが「1/fゆらぎ」であり、予測できそうでできない、心地よい快適感や安心感を人の生体に与えると考えられています。
実はこの「1/fゆらぎ」は、自然界の様々な現象に見出すことができます。
- 寄せては返す波の音
- そよ風の音
- 木漏れ日
- ろうそくの炎のゆれ
- 小川のせせらぎ
これらの自然現象が私たちに安らぎを与えるのは、「1/fゆらぎ」を持っているからです。そして、多くのクラシック音楽の名曲、特にモーツァルトやバッハの楽曲には、この「1/fゆらぎ」の特性が含まれていることが分析によってわかっています。
クラシック音楽の生演奏における微妙なテンポの揺れや音の強弱の変化が、この心地よいゆらぎを生み出します。この「1/fゆらぎ」を持つ音楽を聴くことで、私たちの脳波はリラックス状態のα波になりやすく、生体リズムが整えられ、深いリラクゼーション効果が得られるのです。機械的な電子音とは一線を画す、人間的な温かみと自然界のリズムを内包したクラシック音楽だからこそ、私たちは無意識のうちに心地よさを感じ、安らかな眠りへと誘われるのです。
睡眠に適したクラシック音楽の選び方
クラシック音楽が睡眠に良いといっても、どんな曲でも良いわけではありません。ワーグナーの「ワルキューレの騎行」のような勇壮で激しい曲を聴けば、心は高ぶり、むしろ覚醒してしまいます。質の高い睡眠を得るためには、心身を鎮静させ、リラックスモードへと導くための適切な選曲が不可欠です。ここでは、睡眠の質を高めるために、どのような基準でクラシック音楽を選べば良いのか、4つの重要なポイントを解説します。
選び方のポイント | 具体的な内容 | 理由 |
---|---|---|
テンポ | ゆったりとした曲(BPM60前後) | 人間の安静時の心拍数に近く、心拍数を落ち着かせる効果が高い。 |
ボーカル | 歌詞のないインストゥルメンタル | 歌詞を理解しようと脳が働き、覚醒を促してしまうのを防ぐ。 |
曲調 | 変化が少なくシンプルな曲 | 劇的な強弱の変化や転調が少なく、驚きや興奮による覚醒を防ぐ。 |
音域 | 不快な高音や低音が少ない曲 | 耳障りな高音や体に響く重低音を避け、聴覚への刺激を最小限にする。 |
ゆったりとしたテンポの曲を選ぶ
睡眠のための音楽選びで最も重要な要素が「テンポ」です。前述の通り、音楽のテンポは私たちの心拍数に直接影響を与えます。リラックスして眠りにつくためには、心拍数を落ち着かせる必要があります。そのためには、人間の安静時の心拍数に近い、BPM(1分間あたりの拍数)が60〜80程度の、ゆったりとしたテンポの曲を選ぶのが基本です。
具体的には、楽曲のジャンルで言えば「アダージョ(Adagio:ゆるやかに)」「ラルゴ(Largo:幅広くゆるやかに)」「レント(Lento:おそく)」といった速度記号がつけられている楽章や楽曲が適しています。これらの曲は、まるで深い呼吸をするような、あるいは穏やかな心臓の鼓動のようなリズムを持っており、聴いているだけで自然と心身の緊張がほぐれていきます。
逆に、BPMが120を超えるような「アレグロ(Allegro:速く)」や「プレスト(Presto:きわめて速く)」といったテンポの曲は避けるべきです。たとえメロディが美しくても、速いテンポは交感神経を刺激し、心拍数を上げ、体を活動モードにしてしまいます。これでは、リラックスするどころか、かえって目が冴えてしまう可能性があります。
【よくある質問】
Q. クラシックの交響曲を聴きたいのですが、全楽章を流しても良いですか?
A. 交響曲は通常、複数の楽章で構成されており、速い楽章と遅い楽章が組み合わされています。例えば、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の有名な第1楽章は非常にドラマティックで力強く、睡眠には向きません。もし交響曲を聴くのであれば、第2楽章に置かれることが多い、緩やかで美しい旋律の緩徐楽章だけを選ぶのがおすすめです。
歌詞のないインストゥルメンタルを選ぶ
美しい歌声は心を癒しますが、睡眠導入という観点では、歌詞のあるボーカル曲は必ずしも最適ではありません。なぜなら、私たちは歌詞を耳にすると、無意識のうちにその言葉の意味を理解しようと脳が働いてしまうからです。
言語を処理する脳の領域が活性化すると、思考が始まり、様々な連想が生まれます。例えば、失恋の歌を聴けば過去の悲しい記憶が蘇るかもしれませんし、応援歌を聴けば気持ちが高揚してしまうかもしれません。このように、歌詞は感情や記憶を強く刺激し、リラックスとは逆の方向、つまり脳を覚醒させる方向へと導いてしまう危険性があるのです。
そのため、睡眠時に聴く音楽としては、歌詞のない器楽曲(インストゥルメンタル)が最も適しています。ピアノ・ソロ、弦楽合奏、ハープ、フルートなど、楽器の音色そのものに集中できる曲を選びましょう。言葉の介入がない純粋な音の世界は、思考を鎮め、心を「無」の状態に近づけてくれます。これにより、脳は余計な情報処理から解放され、スムーズに休息モードに入ることができるのです。
【よくある質問】
Q. オペラや合唱曲は好きですが、睡眠には不向きですか?
A. はい、基本的には不向きと考えられます。オペラのアリアや宗教的な合唱曲(レクイエムなど)は、非常に美しく感動的ですが、声楽家の力強い歌声やドラマティックな展開、そして歌詞の内容が感情を大きく揺さぶるため、心を鎮めて眠るための音楽としては刺激が強すぎます。もし聴くのであれば、就寝前のリラックスタイムに留め、ベッドに入ってからはインストゥルメンタルの曲に切り替えることをおすすめします。
曲調の変化が少ないシンプルな曲を選ぶ
睡眠を妨げないためには、曲全体の構成も重要です。静かに始まったかと思えば急に大音量になったり、穏やかなメロディが突然激しい展開を見せたりするような、曲調の変化が激しい曲は避けましょう。
こうした予期せぬ音の変化は、一種の「驚き」として脳に認識され、覚醒反応を引き起こしてしまいます。ウトウトしかけていたのに、急なフォルテッシモ(ff:きわめて強く)の音でびっくりして目が覚めてしまった、という経験があるかもしれません。これは、危険を察知するための原始的な脳の働きによるもので、睡眠時には特に敏感になります。
理想的なのは、全体を通して音量の変化(ダイナミクス)が少なく、メロディやハーモニーがシンプルで、同じようなフレーズが穏やかに繰り返されるような曲です。例えば、エリック・サティの「ジムノペディ」やパッヘルベルの「カノン」のように、ミニマルで瞑想的な雰囲気を持つ楽曲は、その代表例です。こうした曲は、聴き手に過度な集中を強いることなく、BGMとして心地よく空間に溶け込み、安心感を与えてくれます。予測可能な穏やかな音の流れが、心を安定させ、深いリラクゼーションへと誘うのです。
不快な高音や低音が少ない曲を選ぶ
最後に、音域(音の高さ)にも注意を払いましょう。人間の耳は、特定の周波数帯の音に対して敏感に反応します。甲高い金属的な音や、体に響くような重低音は、聴覚を過度に刺激し、不快感や緊張感を引き起こすことがあります。
例えば、トランペットやピッコロが奏でる鋭い高音のファンファーレや、ティンパニや大太鼓が打ち鳴らす「ドーン」という地響きのような低音は、たとえ音楽的に素晴らしいものであっても、安らかな眠りを求める環境にはふさわしくありません。
睡眠のためには、人間の声の音域に近い、心地よい中音域が主体となっている曲を選ぶのが良いでしょう。
- ピアノ: 温かみのある響きが特徴。特に弱音ペダルを使った静かな演奏が最適。
- 弦楽器(ヴァイオリン、チェロなど): 人の声に最も近いと言われる豊かな表現力と、なめらかな音色が心を落ち着かせる。
- ハープ、ギター: 爪弾かれる弦の繊細な響きがリラックス効果を高める。
- フルート、クラリネット: 木管楽器の柔らかく丸みのある音色が心地よい。
これらの楽器が主役となる、室内楽やソロ曲は、オーケストラの大編成の曲に比べて音響的な刺激が少なく、睡眠用のBGMとして非常に優れています。穏やかで耳馴染みの良い音色に包まれることで、聴覚的なストレスを感じることなく、安らかな眠りの世界へと入っていくことができるでしょう。
睡眠におすすめのクラシック名曲10選
ここでは、前述した「睡眠に適したクラシック音楽の選び方」の4つのポイント(ゆったりしたテンポ、インストゥルメンタル、シンプルな曲調、心地よい音域)をすべて満たす、珠玉の名曲を10曲厳選してご紹介します。どの曲も世界中で愛され続ける、リラックス効果の高い傑作ばかりです。今夜からぜひ、あなたの安眠のお供に加えてみてください。
① ドビュッシー「月の光」
フランスの作曲家クロード・ドビュッシーのピアノ組曲「ベルガマスク組曲」の中の第3曲。クラシック音楽に詳しくない人でも一度は耳にしたことがあるであろう、非常に有名な一曲です。その名の通り、静かな夜に月の光が地上に優しく降り注ぐ情景を見事に描き出しており、聴いているだけで心が洗われるような透明感と静けさに満ちています。
弱音ペダルを巧みに使った繊細なピアノの音色は、まるで夢の中を漂っているかのような浮遊感を生み出します。ゆったりとしたテンポと、輪郭がぼやけたような美しい和声(ハーモニー)は、聴き手の心を穏やかに鎮め、日中の喧騒やストレスを忘れさせてくれます。印象派音楽特有の曖昧で柔らかな響きは、思考を停止させ、リラックス状態のα波を誘発するのに最適です。まさに、眠りにつく前のひとときに聴くための音楽として、これ以上ないほどふさわしい名曲といえるでしょう。
② サティ「ジムノペディ 第1番」
フランスの作曲家エリック・サティによる、3曲からなるピアノ曲集「ジムノペディ」の第1番です。この曲は、後の「環境音楽」や「ミニマル・ミュージック」の先駆けともいわれるほど、極限まで削ぎ落とされたシンプルな構成が特徴です。
ゆったりとした3拍子のリズムに乗って、どこか物憂げで美しいメロディが淡々と繰り返されます。劇的な盛り上がりや複雑な展開は一切なく、終始一貫して穏やかな時間が流れていきます。この「何も起こらない」という安心感が、睡眠導入において非常に重要な役割を果たします。音楽に意識を奪われることなく、BGMとして自然に空間に溶け込み、心を無の状態へと導いてくれます。その独特の浮遊感と瞑想的な雰囲気は、考え事をしてなかなか寝付けない夜に特におすすめです。
③ ショパン「ノクターン 第2番 変ホ長調 作品9-2」
「ピアノの詩人」と称されるフレデリック・ショパンが作曲した全21曲の「ノクターン(夜想曲)」の中でも、最も有名で人気の高い一曲です。ノクターンとはその名の通り「夜」をテーマにした楽曲形式であり、この曲もまた、静かな夜の情緒やロマンティックな雰囲気に満ちています。
甘く切ないメロディが、繊細な装飾音を伴いながら繰り返し現れます。左手の伴奏は、穏やかなアルペジオ(分散和音)が中心で、心地よい揺らぎを生み出しています。全体を通して流れる優雅で感傷的な雰囲気は、心を優しく包み込み、日中の緊張を解きほぐしてくれます。ショパンの音楽は感情豊かですが、この曲は特にメロディの美しさが際立っており、聴き手の心を穏やかに満たしてくれるでしょう。ロマンティックな気分で眠りにつきたい夜にぴったりの名曲です。
④ バッハ「G線上のアリア」
「音楽の父」ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「管弦楽組曲第3番ニ長調」の第2楽章「アリア」を、後にヴァイオリニストが編曲したことで知られる名曲です。原曲はニ長調ですが、ヴァイオリンの4本の弦のうち最も低いG線のみで演奏できるようにハ長調に移調されたことから、この愛称で親しまれています。
荘厳でありながら、どこまでも穏やかで慈愛に満ちた旋律が、ゆったりとしたテンポで奏でられます。規則正しく歩むように進むベースラインの上に、天から舞い降りてくるかのような美しいヴァイオリンのメロディが重なり、聴く者に深い安心感と安らぎを与えます。バロック音楽特有の数学的な構成美と秩序は、心の乱れを整え、安定した状態へと導く力を持っています。「1/fゆらぎ」を多く含むとされるバッハの音楽の中でも、特にリラックス効果が高い一曲として知られています。
⑤ パッヘルベル「カノン」
ドイツの作曲家ヨハン・パッヘルベルによるこの曲は、クラシック音楽の中でも屈指の知名度を誇ります。「カノン」とは、同じメロディが異なる時点から追いかけるように演奏される音楽技法のことです。この曲では、低音部で繰り返される8つの音のシンプルなメロディ(バス・オスティナート)の上で、3つのヴァイオリンが美しいカノンを展開します。
この「繰り返し」の構造が、聴く者に絶大な安心感をもたらします。次にどのような音が来るか予測できるため、脳は余計な緊張を強いられることなく、リラックスできます。徐々に音数が増え、華やかになっていきますが、あくまでも穏やかな範囲内での変化であり、心地よい高揚感のうちに曲は静かに終わります。そのシンプルさと普遍的な美しさは、時代や文化を超えて多くの人々の心を癒し続けており、睡眠用のBGMとしても定番の一曲です。
⑥ フォーレ「シシリエンヌ」
フランスの作曲家ガブリエル・フォーレが、劇付随音楽「ペレアスとメリザンド」のために作曲した一曲です。「シシリエンヌ」とは、イタリアのシチリア島起源のゆったりとした8分の6拍子または8分の12拍子の舞曲のこと。この曲もまた、優雅で気品あふれる雰囲気が特徴です。
フルート(またはチェロ)によって奏でられる、どこか懐かしく、物悲しさを帯びた美しいメロディが印象的です。ハープのアルペジオがその旋律を優しく支え、まるで穏やかな地中海の波に揺られているかのような心地よさを感じさせてくれます。曲調に大きな変化はなく、終始一貫して穏やかな時間が流れるため、心を鎮めて眠りにつくのに最適です。洗練されたハーモニーと美しい旋律が、少しだけ贅沢な気分で眠りたい夜を演出してくれます。
⑦ シューマン「トロイメライ」
ドイツのロマン派を代表する作曲家ロベルト・シューマンのピアノ曲集「子供の情景」の中の第7曲です。「トロイメライ」とはドイツ語で「夢、夢想」を意味します。その名の通り、子供の頃に見た夢のような、優しくノスタルジックな雰囲気に満ちあふれています。
誰もが口ずさめるほどシンプルで美しいメロディが、ゆったりとしたテンポで奏でられます。温かみのある和声と、心に染み入るような旋律は、聴く者の心を優しく撫でるように癒してくれます。複雑な技巧や激しい感情表現はなく、ただひたすらに美しい音楽の世界が広がります。この曲を聴いていると、日中の悩みや不安が遠のき、子供の頃のような純粋で安らかな気持ちを取り戻せるかもしれません。心地よいまどろみの中で、素敵な夢の世界へと旅立つ手助けをしてくれる一曲です。
⑧ リスト「愛の夢 第3番」
「ピアノの魔術師」と称されたフランツ・リストによる、3つのノクターンからなるピアノ曲集の第3番です。リストというと超絶技巧を駆使した華やかで情熱的な曲のイメージが強いかもしれませんが、この「愛の夢」は彼の作品の中でも特に叙情的で甘美なメロディが際立つ名曲です。
元々は歌曲だったものをリスト自身がピアノ独奏用に編曲したもので、その旋律は非常に歌心にあふれています。曲は静かに始まり、徐々に情熱的に盛り上がっていきますが、その高揚もあくまで優雅さの範囲内であり、やがて再び静けさを取り戻して穏やかに終わります。愛に満ちた幸福感や、夢見るような心地よさを感じさせてくれるこの曲は、一日の終わりに心を温かい気持ちで満たし、安らかな眠りへと誘ってくれるでしょう。
⑨ ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」
再びドビュッシーの登場です。こちらは、彼のピアノ曲集「前奏曲集 第1巻」の第8曲にあたります。フランスの詩人が書いた詩にインスピレーションを得て作られたこの曲は、素朴で可憐な乙女の姿を描いた、明るくも穏やかな一曲です。
ペンタトニック(5音音階)を基調とした親しみやすいメロディは、どこか懐かしく、純粋無垢な雰囲気を醸し出しています。陽光の中で輝く亜麻色の髪を思わせるような、きらめきと温かさに満ちています。先に紹介した「月の光」が静寂の夜を描いているのに対し、こちらは穏やかな日だまりのような安心感を与えてくれます。深刻な悩みや不安を和らげ、心をポジティブで穏やかな状態にしてくれる効果が期待できます。明るい気持ちで眠りにつきたいときにおすすめです。
⑩ モーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク 第2楽章」
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品の中でも最も有名なものの一つ、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク(Eine kleine Nachtmusik)」。「小さな夜の曲」という意味のこのセレナードは、全体としては快活で華やかな印象ですが、睡眠におすすめなのは全4楽章の中の第2楽章「ロマンツェ」です。
この楽章は、他の楽章とは対照的に、アンダンテ(Andante:歩くような速さで)のゆったりとしたテンポで、優雅で甘美なメロディが奏でられます。弦楽合奏の柔らかな響きと、古典派音楽ならではの整然とした美しい形式が、聴く者に安定感と心地よさをもたらします。いわゆる「モーツァルト効果」で知られるように、彼の音楽は心身をリラックスさせ、脳を活性化させるとも言われています。その中でもこの楽章は、心を穏やかに鎮める効果が特に高く、上品で安らかな眠りのためのBGMとして最適です。
リラックス効果の高い作曲家5選
特定の曲だけでなく、作曲家単位で音楽を探すのも一つの有効な方法です。作曲家にはそれぞれ独自のスタイルや世界観があり、その作風が全体的にリラックスや睡眠に適している場合があります。ここでは、心地よい眠りを誘う楽曲を数多く生み出してきた、特におすすめの作曲家を5人ご紹介します。彼らの音楽の世界に触れることで、あなただけのお気に入りの安眠ソングがさらに見つかるかもしれません。
① クロード・ドビュッシー (1862-1918)
先のおすすめ名曲でも「月の光」「亜麻色の髪の乙女」と2曲が登場したように、クロード・ドビュッシーは「眠りの音楽のスペシャリスト」と言っても過言ではないでしょう。彼は19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの作曲家で、音楽における「印象主義」を確立したことで知られています。
彼の音楽の特徴は、輪郭のはっきりしたメロディや力強いリズムではなく、色彩豊かで曖昧な響きにあります。まるで絵画の筆遣いのように音を重ね合わせ、光や水、風といった自然の揺らめきや、夢の中のような幻想的な情景を描き出しました。
なぜドビュッシーの音楽が睡眠に適しているのか?
- 非機能的な和声: 伝統的な和声のルールから解放された浮遊感のあるハーモニーは、聴き手の論理的な思考を停止させ、感覚的な世界へと誘います。
- 柔らかな音色: ピアノのダンパーペダルを効果的に使用し、音と音の境界をぼかすことで、非常に柔らかな音響空間を創り出します。
- 自然描写: 「海」や「雲」、「水の反映」といった彼の多くの作品は、自然界が持つ「1/fゆらぎ」のリズムと通じるものがあり、深いリラクゼーション効果をもたらします。
【睡眠におすすめの作品群】
- ピアノ曲: 「ベルガマスク組曲」「2つのアラベスク」「夢」「前奏曲集」など、彼のピアノ作品の多くは静かで瞑想的な雰囲気に満ちています。
- 管弦楽曲: 「牧神の午後への前奏曲」は、管弦楽曲でありながら非常に静かで幻想的な名曲です。
② エリック・サティ (1866-1925)
ドビュッシーと同時代にパリで活躍したエリック・サティは、音楽界の「異端児」とも呼ばれるユニークな存在でした。彼の音楽は、極限まで無駄を削ぎ落としたシンプルさと、独特のユーモアや皮肉が特徴です。
サティは、BGMのように聞き流されることを意図した「家具の音楽」という概念を提唱しました。これは、聴き手に集中を強いるのではなく、あくまで背景として空間に存在する音楽のあり方を示したもので、現代のアンビエント・ミュージック(環境音楽)の思想を先取りしたものでした。
なぜサティの音楽が睡眠に適しているのか?
- ミニマルな構成: 「ジムノペディ」や「グノシエンヌ」に代表されるように、彼の曲は非常にシンプルなメロディと和声が淡々と繰り返されるものが多く、聴き手を疲れさせません。
- 予測可能性と安心感: 劇的な展開がなく、終始一貫したテンポと雰囲気で進むため、次に何が起こるかという緊張感がなく、安心して身を委ねることができます。
- 瞑想的な効果: その反復的で静謐な音楽は、聴く者の心を静め、瞑想に近い精神状態へと導きます。雑念を払い、心を空っぽにしたい夜に最適です。
【睡眠におすすめの作品群】
- ピアノ曲: 「3つのジムノペディ」「6つのグノシエンヌ」「ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)」など。彼の代表作の多くが、穏やかで睡眠に適しています。
③ フレデリック・ショパン (1810-1849)
ポーランド出身で、主にパリで活躍した「ピアノの詩人」フレデリック・ショパン。彼の作品のほとんどはピアノ独奏曲であり、その美しいメロディと繊細な表現力は、今もなお世界中の人々を魅了し続けています。
ショパンの音楽は、情熱的なものから内省的なものまで幅広いですが、特に夜の静けさや夢想的な気分を描いた作品群は、安眠のための音楽として非常に優れています。
なぜショパンの音楽が睡眠に適しているのか?
- ノクターン(夜想曲): ショパンが完成させたとされるこのジャンルは、その名の通り「夜」のための音楽です。甘く切ないメロディと、アルペジオ(分散和音)による穏やかな伴奏が特徴で、ロマンティックな気分で眠りにつきたい時にぴったりです。
- 歌うような旋律: 彼のメロディは「ベルカント(美しい歌)」と呼ばれるイタリア・オペラの歌唱様式に影響を受けており、非常に叙情的で心に染み入ります。美しい歌を聴くような感覚でリラックスできます。
- プレリュード(前奏曲): 24曲からなる「プレリュード」の中には、「雨だれ」のように静かで瞑想的な小品が数多く含まれており、気分に合わせて選ぶことができます。
【睡眠におすすめの作品群】
- ノクターン: 第2番、第20番(遺作)、第8番など、多くのノクターンがおすすめです。
- プレリュード: 第4番、第6番、第7番、第15番「雨だれ」など。
- 子守歌 変ニ長調: まさに眠りのための音楽。繊細な音のきらめきが心地よいまどろみを誘います。
④ ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1685-1750)
バロック音楽の頂点を極めた「音楽の父」、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。彼の音楽は、対位法(ポリフォニー)という複数の独立した旋律を精巧に組み合わせる技法を特徴とし、非常に緻密で数学的な構造美を持っています。一見、リラックスとは縁遠いように思えるかもしれませんが、実はその秩序と調和が、聴く者の心に深い安定感と安らぎをもたらすのです。
なぜバッハの音楽が睡眠に適しているのか?
- 構造的な安定感: 彼の音楽の規則正しく整然とした構造は、カオスな状態にある心を整え、落ち着かせる効果があります。まるで乱れたパズルが綺麗に組み上がっていくような心地よさがあります。
- 「1/fゆらぎ」: 前述の通り、バッハの音楽には心地よさの源である「1/fゆらぎ」が多く含まれていると分析されています。これが無意識レベルでのリラクゼーションを促します。
- 荘厳な安らぎ: 彼の多くの作品は神への深い信仰心に基づいており、その音楽は世俗的な悩みを超越した、荘厳で普遍的な安らぎに満ちています。
【睡眠におすすめの作品群】
- 管弦楽組曲: 第3番の「アリア(G線上のアリア)」や第2番の「ポロネーズ」「バディネリ」など、緩やかな舞曲は聴きやすいです。
- ゴルトベルク変奏曲: 冒頭の静かな「アリア」は特に有名。長大な変奏曲ですが、アリアだけでも十分にリラックス効果があります。
- 無伴奏チェロ組曲: チェロ一台で奏でられる深い思索に満ちた音楽。特に第1番の「プレリュード」は有名で、穏やかなアルペジオが心地よいです。
⑤ ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (1756-1791)
わずか35年の生涯で600曲以上もの作品を残した天才、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。彼の音楽は、古典派の様式を代表するもので、明快さ、均整の取れた美しさ、そして天真爛漫な明るさが特徴です。
いわゆる「モーツァルト効果」(モーツァルトの音楽を聴くと頭が良くなる、心身が癒されるという説)については科学的な議論がありますが、彼の音楽が持つ人をリラックスさせ、ポジティブな気持ちにさせる力は多くの人が認めるところです。
なぜモーツァルトの音楽が睡眠に適しているのか?
- 調和と秩序: 彼の音楽は非常に整った形式で書かれており、その予測可能な展開が聴く者に安心感を与えます。
- 豊富な高周波音: モーツァルトの音楽には高周波の音が豊富に含まれており、これが副交感神経を刺激し、心身をリラックスさせる効果があると言われています。
- セレナードやディヴェルティメント: 「夜の娯楽音楽」として作曲されたこれらのジャンルには、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のように、穏やかで優雅な楽章が多く含まれています。
【睡眠におすすめの作品群】
- ピアノ協奏曲: 第20番、第21番、第23番などの緩徐楽章(第2楽章)は、ピアノとオーケストラの美しい対話が楽しめます。
- クラリネット協奏曲: 特にゆったりとした第2楽章は、クラリネットの温かく柔らかな音色が絶品です。
- セレナード: 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第2楽章や、「セレナータ・ノットゥルナ」など。
睡眠効果をさらに高める音楽の聴き方
良質な睡眠のためにお気に入りのクラシック音楽を見つけたら、次は「聴き方」を工夫してみましょう。せっかくの癒しの音楽も、聴き方を間違えるとかえって睡眠を妨げてしまう可能性があります。ここでは、クラシック音楽のリラックス効果を最大限に引き出し、より深く、快適な眠りへと誘うための4つの実践的なテクニックをご紹介します。
就寝の30分〜1時間前から聴き始める
ベッドに入ってから慌てて音楽をかけ始めるのではなく、就寝時刻の30分〜1時間ほど前から音楽を流し始めることをおすすめします。これは、音楽を「入眠儀式(スリープ・ルーティン)」の一部として取り入れるという考え方です。
私たちの心と体は、急に「睡眠モード」に切り替わることはできません。日中の活動で高ぶった交感神経を鎮め、リラックスモードの副交感神経を優位にするためには、ある程度の時間が必要です。
就寝前の30分〜1時間を「リラックスタイム」と決め、その時間帯にクラシック音楽を流すことで、以下のような効果が期待できます。
- 条件付け: 「この音楽が流れたら、もうすぐ寝る時間だ」と脳と体が学習します。毎日繰り返すことで、音楽を聴くことが眠りへのスイッチとなり、よりスムーズに入眠できるようになります。
- 心身のクールダウン: 音楽を聴きながら、ストレッチをする、ハーブティーを飲む、読書をするといったリラックスできる活動を組み合わせることで、心身が徐々にクールダウンしていきます。
- デジタルデトックス: この時間はスマートフォンやテレビ、パソコンの画面を見るのをやめ、ブルーライトの刺激から脳を解放しましょう。音楽に耳を傾けることで、自然とデジタルデバイスから離れることができます。
このように、計画的に音楽を取り入れることで、単なるBGM以上の、積極的な入眠促進ツールとして機能させることができます。
小さめの音量で流す
睡眠時の音楽で最も注意したいのが「音量」です。良かれと思って大きめの音量で流してしまうと、聴覚が刺激されすぎてしまい、脳がリラックスするどころか、かえって覚醒してしまう可能性があります。
理想的な音量は、「かすかに聴こえるけれども、意識を集中しないとメロディがはっきりとは分からない」程度です。具体的には、静かな図書館の環境音とされる30〜40デシベル(dB)あたりが目安です。これは、ささやき声や木の葉の触れ合う音くらいの大きさです。
音量が小さいことには、いくつかのメリットがあります。
- 聴覚への刺激を最小化: 小さな音は脳に過度な負担をかけず、音楽を心地よい「背景」として認識させることができます。
- 睡眠の妨げにならない: たとえ眠りについた後も、小さな音量であれば深い睡眠(ノンレム睡眠)の段階を妨げるリスクが低くなります。
- 聴力への配慮: 長時間音楽を聴くことになるため、小さな音量で聴くことは耳の健康を守る上でも重要です。
音楽に集中して聴き入るのではなく、あくまで「空間を穏やかな音で満たす」という意識で音量を調整してみてください。主役はあくまで「睡眠」であり、音楽はそのための最高の脇役であると考えるのが良いでしょう。
スリープタイマーを活用する
「音楽を流したまま眠ってしまって、朝までずっと鳴っていた」という経験はありませんか?一晩中音楽を流し続けることについては、専門家の間でも意見が分かれます。人によっては深い睡眠を妨げる可能性があるとも、逆に安心感に繋がるとも言われています。
一つの安全で効果的な方法は、スリープタイマーを活用して、一定時間後に音楽が自動的に停止するように設定することです。多くのスマートフォンアプリや音楽ストリーミングサービス、スマートスピーカーには、この機能が標準で搭載されています。
スリープタイマーの活用には、以下のようなメリットがあります。
- 入眠を妨げない: 最も重要なのは、眠りに入るまでの導入部分です。タイマーを30分〜60分程度に設定しておけば、心地よくまどろみ、眠りに落ちるまでを音楽がしっかりサポートしてくれます。
- 深い睡眠の質を確保: 睡眠には、浅いレム睡眠と深いノンレム睡眠のサイクルがあります。特に、脳と体が最も休息する深いノンレム睡眠の段階では、外部からの音の刺激はない方が望ましいとされています。タイマーで音楽をオフにすることで、この重要な時間帯を妨げるリスクを減らせます。
- 電気代の節約と機器への配慮: 一晩中再生し続ける必要がないため、無駄な電力消費を抑えることができます。
タイマーを設定する長さは、自分が普段どれくらいで寝付くかを考慮して調整するのが良いでしょう。なかなか寝付けない日は長めに、すんなり眠れそうな日は短めに設定するなど、その日のコンディションに合わせて柔軟に活用するのが賢い使い方です。
部屋の照明を暗くする
音楽による聴覚へのアプローチと合わせて、視覚的な環境を整えることも非常に重要です。音楽を聴きながら眠る際は、部屋の照明をできるだけ暗くしましょう。
私たちの体は、光を浴びることで「覚醒」し、暗くなることで「休息」モードに入るようにプログラムされています。特に、睡眠ホルモンと呼ばれる「メラトニン」は、暗い環境で分泌が促進されます。メラトニンは、自然な眠気を誘い、睡眠の質を高めるために不可欠なホルモンです。
逆に、夜間に強い光、特にスマートフォンやテレビの画面から発せられるブルーライトを浴びると、メラトニンの分泌が抑制され、体が「まだ昼間だ」と勘違いしてしまい、寝つきが悪くなる原因となります。
クラシック音楽によるリラックス効果と、暗い照明によるメラトニン分泌促進は、相乗効果を生み出します。
- 暖色系の間接照明: もし真っ暗が苦手な場合は、直接光が目に入らないフットライトや、調光機能のあるスタンドライトを使い、オレンジや電球色のような暖色系の光を、ごく弱い明るさで灯すのがおすすめです。
- 遮光カーテンの活用: 外からの街灯や車のヘッドライトが気になる場合は、遮光カーテンを利用して、外部の光をしっかりと遮断しましょう。
穏やかな音楽が流れる、薄暗く静かな空間。これこそが、質の高い睡眠を得るための理想的な環境です。聴覚と視覚の両方からリラックスを促すことで、心と体はよりスムーズに、そしてより深く、安らかな眠りの世界へと入っていくことができるでしょう。
音楽を聴きながら寝るときの注意点
クラシック音楽は安眠の頼もしいパートナーですが、いくつかの点に注意しないと、かえって睡眠の質を下げてしまう可能性もあります。ここでは、音楽を聴きながら安全で快適に眠るために、特に気をつけるべき2つのポイントについて解説します。これらの注意点を守り、音楽のメリットだけを最大限に享受しましょう。
睡眠を妨げる激しい曲は避ける
これは「睡眠に適したクラシック音楽の選び方」でも触れましたが、改めて強調したい最も重要な注意点です。たとえクラシック音楽であっても、テンポが速く、音量の変化が激しく、ドラマティックな展開を持つ曲は、睡眠導入には絶対に適していません。
例えば、以下のような特徴を持つ曲は避けるべきです。
- 勇壮な行進曲やファンファーレ: ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の第1楽章、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」、ヴェルディの「凱旋行進曲」など。これらは交感神経を刺激し、心拍数を上げ、体を興奮状態に導きます。
- 超絶技巧を駆使した協奏曲や練習曲: リストの「ラ・カンパネラ」やショパンの「革命のエチュード」など。演奏家の驚異的なテクニックに耳を奪われ、脳が分析・興奮モードになってしまいます。
- ダイナミクス(強弱)の差が激しい曲: チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のように、静かな部分から突然、大音量のクライマックスへと移行する曲は、びっくりして目が覚めてしまう原因になります。
「好きな曲だからリラックスできる」とは限らないのが、睡眠時の音楽選びの難しいところです。日中に聴いて気分を高揚させたり、感動したりするのには最高の曲でも、夜、心身を鎮めたいときには逆効果になることがあります。
睡眠時に音楽を選ぶ際は、「自分がその曲を好きかどうか」という主観的な基準だけでなく、「その曲が心身にどのような生理的反応を引き起こすか」という客観的な視点を持つことが重要です。あくまで目的は「眠ること」であると割り切り、穏やかで単調、BGMとして聞き流せるような曲を意識的に選ぶようにしましょう。
イヤホンやヘッドホンの使用に注意する
同居人がいる場合や、外部の騒音を遮断したい場合など、イヤホンやヘッドホンを使いたいと考えることもあるでしょう。確かに、イヤホンやヘッドホンには、音楽への没入感を高め、小さな音でも細部まで聴き取れるというメリットがあります。しかし、睡眠時に使用する際には、いくつかの重大なデメリットとリスクを理解しておく必要があります。
【イヤホン・ヘッドホン使用のデメリットとリスク】
- 耳への物理的な圧迫: 長時間装着していると、耳やその周辺が圧迫されて痛みを感じることがあります。特に、横向きで寝る人にとっては、枕とイヤホンに耳が挟まれる形になり、不快感で眠りを妨げられる可能性があります。
- 難聴のリスク: 耳との距離が近いため、スピーカーで聴くのと同じ音量でも、鼓膜にはより大きな音が届きます。気づかないうちに大きな音量で長時間聴き続けると、騒音性難聴の原因となる可能性があります。これは徐々に進行するため、自覚しにくいのが怖い点です。
- 外耳炎のリスク: 耳を密閉するカナル型イヤホンなどを長時間使用すると、耳の中が蒸れて細菌が繁殖しやすくなり、外耳炎などの耳のトラブルを引き起こす可能性があります。
- 寝返りの阻害: コード付きのイヤホン・ヘッドホンは、寝返りを打った際にコードが首に絡まる危険性があります。ワイヤレスタイプでも、寝返りの際に外れてしまったり、壊れてしまったりすることがあります。
- 外部の音が聞こえない危険性: 遮音性が高いと、火災報知器の音や、家族が呼ぶ声、その他の緊急事態を知らせる音に気づけない可能性があります。
これらのリスクを考慮すると、睡眠時の音楽再生は、できる限りスピーカーを使用し、小さな音量で部屋全体に流すのが最も安全で推奨される方法です。
もし、どうしてもイヤホンを使用したい場合は、以下のような対策を検討しましょう。
- 睡眠専用のイヤホンを選ぶ: 最近では、横になっても痛くなりにくいシリコン製の小型イヤホンや、耳を塞がない骨伝導タイプのヘッドホンなど、睡眠時での使用を想定した製品も販売されています。
- 音量に最大限注意する: スマートフォンの設定などで、最大音量に制限をかける機能を利用するのも一つの手です。意識的に、ごく小さな音量で聴くことを徹底しましょう。
- スリープタイマーを必ず使用する: 長時間の使用を避けるため、入眠までの30分〜1時間程度で必ずオフになるようにタイマーを設定しましょう。
イヤホンやヘッドホンの使用は、あくまで例外的な選択肢と考え、その利便性とリスクを天秤にかけた上で、慎重に判断することが大切です。
睡眠用クラシックが聴けるおすすめサービス
質の高い睡眠のためのお気に入りのクラシック音楽を見つけるには、豊富な楽曲ライブラリに手軽にアクセスできる音楽ストリーミングサービスが非常に便利です。ここでは、睡眠用のクラシック音楽を聴くのにおすすめの代表的なサービスを4つご紹介します。それぞれの特徴を比較し、ご自身のライフスタイルに合ったサービスを見つけてみてください。
サービス名 | 主な特徴 | こんな人におすすめ |
---|---|---|
YouTube | ・無料で利用可能 ・睡眠用BGMの長時間動画が豊富 ・動画広告や画面の光がデメリットになることも |
・手軽に、無料で試してみたい人 ・特定の曲ではなく、長時間流せるBGMを探している人 |
Spotify | ・膨大な楽曲数 ・優れたプレイリスト機能(「睡眠」関連多数) ・無料プランでも利用可能(広告・機能制限あり) |
・様々なジャンルの音楽を聴く人 ・質の高いプレイリストで手軽に始めたい人 |
Apple Music | ・高音質(ロスレス・ハイレゾ)対応 ・クラシック専門のキュレーションやアプリ ・Appleデバイスとの親和性が高い |
・音質にこだわりたい人 ・Apple製品をメインで使っている人 |
Amazon Music | ・Prime会員は追加料金なしで一部利用可能 ・スマートスピーカー「Alexa」との連携がスムーズ |
・Amazon Prime会員の人 ・スマートスピーカーで手軽に操作したい人 |
YouTube
YouTubeは、何と言っても無料で利用できるのが最大の魅力です。検索窓に「睡眠 クラシック」「リラックス ピアノ」などと入力するだけで、無数の動画が見つかります。特に、「8時間 睡眠用BGM」「深い眠りへ誘うクラシック音楽」といった、長時間再生を前提とした動画が非常に豊富なのが特徴です。一度再生すれば、タイマーをかけない限り朝まで音楽が途切れることがないため、手軽に試したい方には最適です。
多くの動画では、穏やかな自然の映像(星空、雨、森など)が背景に使われており、視覚的にもリラックス効果を高める工夫がされています。また、特定の作曲家(ドビュッシー、サティなど)の睡眠向け作品集や、ピアノ、ハープといった楽器別のヒーリング音楽集など、様々な切り口のコンテンツが存在します。
【注意点】
- 広告の挿入: 無料で利用する場合、動画の途中や再生前に広告が挿入されることがあります。静かな音楽の途中で突然大音量の広告が流れると、リラックス効果が台無しになるだけでなく、驚いて覚醒してしまう可能性があります。
- 画面の光: スマートフォンやタブレットで再生する場合、画面の光(ブルーライト)がメラトニンの分泌を妨げ、睡眠の質を低下させる恐れがあります。画面を伏せる、または設定で画面をオフにするなどの工夫が必要です。
これらのデメリットは、有料プランである「YouTube Premium」に加入することで解決できます。広告なしでの再生、バックグラウンド再生(他のアプリを操作中や画面オフ時にも再生が続く)、オフライン再生が可能になり、快適な睡眠用音楽プレイヤーとして活用できます。
参照:YouTube Premium 公式サイト
Spotify
世界最大手の音楽ストリーミングサービスであるSpotifyは、その膨大な楽曲数と、秀逸なプレイリスト機能が大きな強みです。無料プランでもシャッフル再生を中心に利用できますが、有料のPremiumプランに加入すれば、広告なしで好きな曲を好きな順番で、オフラインでも楽しめます。
Spotifyの特筆すべき点は、「睡眠」や「リラックス」「集中」といった気分やシーンに合わせた公式プレイリストが非常に充実していることです。
- 「Sleep」: 睡眠導入に特化した、アンビエントや穏やかなインストゥルメンタル曲を集めた人気のプレイリスト。
- 「Peaceful Piano」: 世界中のリスナーに愛されている、穏やかなピアノ曲を集めたプレイリスト。
- 「Classical for Sleep」: クラシック音楽の中から、特に睡眠に適した静かな曲だけを厳選したプレイリスト。
これらのプレイリストを使えば、自分で一曲一曲探す手間なく、すぐに質の高い睡眠用BGMを流し始めることができます。もちろん、自分で好きな曲を集めてオリジナルの安眠プレイリストを作成することも可能です。スリープタイマー機能も標準で搭載されており、使い勝手は非常に良好です。
参照:Spotify 公式サイト
Apple Music
iPhoneやMacなど、Apple製品をメインで利用しているユーザーにとって、最も親和性が高いのがApple Musicです。Spotifyと同様に1億曲以上の楽曲を提供しており、有料のサブスクリプションサービスとなります。
Apple Musicの最大の強みの一つが「音質」です。追加料金なしでCD音質の「ロスレスオーディオ」や、さらに高音質な「ハイレゾロスレスオーディオ」、立体的な音響体験ができる「空間オーディオ」に対応しています。特にクラシック音楽は、その繊細な音のニュアンスや響きの豊かさが重要になるため、高音質で楽しめることは大きなメリットです。
また、近年Appleはクラシック音楽に力を入れており、専門のアプリ「Apple Music Classical」もリリースしています。このアプリでは、作曲家、時代、楽器、指揮者など、クラシック特有の複雑なメタデータで楽曲を検索しやすくなっており、より深くクラシックの世界を探求したいユーザーにとっては非常に便利です。もちろん、Apple Music本体にも「眠りのためのクラシック」といった専門家が選んだプレイリストが多数用意されています。
参照:Apple Music 公式サイト
Amazon Music
Amazonプライム会員であれば、追加料金なしで約1億曲が聴き放題になる「Amazon Music Prime」は、コストパフォーマンスに優れた選択肢です。すでにプライム会員の方であれば、今日からすぐにでも利用を開始できます。さらに多くの楽曲を求める場合は、有料の「Amazon Music Unlimited」にアップグレードすることも可能です。
Amazon Musicの大きな特徴は、スマートスピーカー「Amazon Echo」シリーズ(Alexa)との連携が非常にスムーズな点です。ベッドの中から「アレクサ、眠れるクラシックをかけて」「アレクサ、30分後に音楽を止めて」と話しかけるだけで、手を使わずに音楽の再生やタイマー設定ができます。就寝前のリラックスした状態で、スマートフォンを操作する必要がないのは、想像以上に快適です。
もちろん、Amazon Musicにも「睡眠用クラシック」や「リラックス・ピアノ」といった、専門のキュレーターが作成したプレイリストやステーション(ラジオ機能)が豊富に用意されています。プライム会員の特典の一つとして、気軽に試せるのが最大の魅力と言えるでしょう。
参照:Amazon Music 公式サイト